くま城戦軍研 ―熊代城砦戦国軍事研究所

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資料室

大根(ダイコン)

根菜(茎の肥大部及び根を食用) ・葉も食用
アブラナ目アブラナ科ダイコン属
関連項目:加工食品「沢庵漬け

1 概要
 世界的に広く分布する野菜。根菜として普及するが、間引いたものも含めて葉も食用となる。スプラウトも「かいわれ大根」として食用にする。
 弥生時代には日本に伝わったとされ、古くから煮物や焼き物、さらには漬物として食されている。しかし現代のように一般人も広く食するようになるのは江戸時代になってからであった。特に冷蔵技術成立以前において漬物・干物として保存食となる点で有用であり、爆発的に広まっていく。
 世界でも「二十日大根(ラディッシュ)」をはじめ、多様な種が広く利用されている。

2 戦国前略史
 原産地は地中海説、中央アジア説など諸説あり。
 エジプトではピラミッド建築労働者への配給としてハツカダイコンとみられるものが存在し、古くから栽培されていたと考えらえる。
・弥生時代
 弥生時代には日本に伝来していたと考えられる。会津でみられる野生種「ノダイコン」などはそれ以前に定着していたという説もある。
・奈良時代~平安時代
 「和名類聚抄」(資料集)には「葍」、和名は「於保禰(おおね)略して大根」として載せられている。「羅菔、蘿箙(ろふ)」とも呼ばれ、これに起因する「蘿菔根(ろふね)」という表記も室町時代まで残っている。
 奈良時代にはかなりの高級食材で、近世以降ほどには一般的ではなかった模様。中世以降に名産地となる尾張では、平安時代には盛んに栽培されていた。
 一方、塩漬けや酢漬け、醤(ひしお、醤油や味噌の原形)などで漬けた野菜の漬物は、平安時代の「延喜式」には既に多数記載されており、ナスや瓜、蕪などが用いられていたが、大根は見当たらない。また、公家間の贈答品として野菜の漬物が流行し「ナスの粕漬け」や冬瓜などがやりとりされているが、大根は見当たらない。一方、比叡山延暦寺には慈恵大師良源(912~985)が開発したという漬物「定心房」が存在したとされる。(→「沢庵漬け」)
 「和名抄」には「さわやけ」として大根の若芽が紹介されており、「かいわれ大根」も早くから食されていた可能性がある。(ノダイコンの若芽かも)
・鎌倉時代~室町時代
 引き続き各地で栽培され、食用とされていた。この頃には将来の大発展の前兆が現れている。
 室町時代には「おおね」から「だいこん」に呼び名が変わったとみられる。
 また、一条兼良が記した『尺素往来』には「生蘿蔔(しょうろふ)」「乾蘿蔔」という記載が見え、切干大根もすでに開発されている可能性もある。(参考 ※1、孫引き容赦)特に関西では、大根の糟漬が生産され、保存食として定着しつつあると考えられる。
 16世紀には「長大根」、後の「守口大根」の栽培が摂津で始まっていた。土地の開墾など労力を要するが、長く育つその根は野菜の漬物「守口漬」の主力となっていく。
※中世以前の「守口漬」は、大根に限らず野菜の糟漬けの総称である。

3 戦国時代
 戦国時代も引き続き根菜の一種として栽培されていた。
 生食、そのまま調理ももちろんされており、煮たり蒸したりしたものは各地の記録に姿をみせている。
 漬物も広まっており、宣教師たちも、日本で食べられている食事の一つとして「大根の酢漬け、塩漬け」について記述しているが、現在のように一般化するのは江戸時代以降、特に漬物文化の庶民社会への発展を待つことになる。
 そのような中でも漬物の草分け的存在「糟漬」は保存食として大いに発展し、その中で大根もまた重用されていった。摂津国守口が糟漬の名産地であったが、酒糟が手に入ればどこでも生産は可能であろう。

4 戦国後略史
・江戸時代
 引き続き、日本各地で栽培されている。初期に「沢庵漬け」が開発される。
 「ふろふき大根」も江戸時代には定着している。
 また、時期は不明だが、大根の名産地であった尾張を中心に「切り干し大根」も流行し、尾張の名産「宮重大根」の広まりとともに日向などでも生産されるようになる。
 その後も火山灰土壌に適応した「桜島大根」や、関東ローム層に適応した「練馬大根」、蕪のように肥大化する「聖護院大根」などの地方種が生まれ、またそれらに合わせた調理法が各地で開発されていく。辛みを味わう春大根(三月大根)なども生まれた。
 生食や煮物などでの食用でも多少されたが、漬物の材料としても各地で重用されていき、関東の「べったら漬け」、鹿児島の「壺漬け(現在の山川漬)」、秋田の「いぶりがっこ」など各地に風土に適した漬物が多数生まれる。
 保存食として日本の食生活に欠かせない地位を築き現在に至る。
・明治時代~現在
 収穫性の良い種苗を売る種子商が一般化する中、古くから育てられてきた優良種、「宮重大根」が全国的に流通。その後はウイルスに強い種などが開発されはじめ、現在では大根のほとんどは宮重大根から生まれた「青首大根」となっている。桜島大根や練馬大根、三浦大根などの江戸時代に誕生した地方色豊かな大根も地方で根付いてはいるが、一部にとどまる。

5 栽培条件
・栽培方法
 現代では日本各地において、各地に適した栽培種が栽培されている。
 畑の開墾が労力となるものの、種の直播から収穫まで一つの畑ででき、連作障害もなく収穫性に優れている。また、中耕(土寄せ)などの技術を使うとさらに大きな作物の収穫ができるようになる。
 種播の時期も「春まき」「秋まき」など多彩である。現代の北海道道南地方では、冬の間に雪の下から収穫する「雪の下大根」も存在
・栽培地域
 現代では日本全国で栽培可能。ただし、北海道などで収穫できるのは寒冷地に適応した種であり、戦国時代の種では栽培地域は限られるか。
・栽培注意事項
 (特に大きくしようとしない限りは)栽培は容易な野菜であり、収穫性も高い。ただ虫がつきやすく、特にアブラムシが大敵となる。

6 食品特徴
 葉は緑黄色野菜でありビタミンが豊富である。特にベータカロテンやビタミンEの含有量が特徴的。ビタミンCも茎根部よりさらに豊富である。
・栄養素
 一般的に食用とする茎・根は、水分が多くカロリーはとても低い。私見だが、収穫性が高い割に中世以前にいまいち流行しなかった理由もカロリー値の低さによるのではないかと考える。
 一方でその他の栄養はほどほどに含んでおり、特にビタミンCや食物繊維は十分に採れる他、多数の有用な少量酵素を含む。
 特徴的な栄養素はデンプンの消化を助ける「アミラーゼ」やたんぱく質の消化を助ける「プロアテーゼ」。加熱すると消失する。つまり、魚等に大根おろしを添えるのは非常に理にかなっている。また、辛味成分である「イソチオアネート」は肝臓の働きを助けるとか。

7 派生種
・ノダイコン
 大根の野生化したものとされ、日本の各地でみられる。
 春の七草「すずしろ」はこれらのことではないかとも考えられる。
 基本的に中国から渡ってきた栽培種が野生化したものとみられるが、会津で生える内陸種は、日本原生種であるという説もあるとのこと。

8 文化
 江戸時代に日本各地で、各地の風土に適した文化を生んでいる。

9 戦国活用メモ
 カロリーが低く主食足りえず、戦国時代においては後世日本ほどには流行していないが、各地でおかずとして利用されている。特に上方では酢漬けや糟漬けを味わうことができるだろう。
 各種の漬物(特に戦国時代にはまだ誕生していない「沢庵漬け」)や、「切り干し大根」などは、作成の容易さと保存食としての有用性から、戦国時代で開発すればかなり有用な保存食となるだろう。また、江戸時代に発展した「桜島大根」や「練馬大根」にみられるように穀物などの栽培に適さない土壌での作物として発展した点も重要。


参考文献
(※1)「野菜の日本史」 99頁 (青葉高、八坂書房、2000)

外部リンク
ダイコン(wikipedia)

内部リンク
 資料集「和名類聚抄