くま城戦軍研 ―熊代城砦戦国軍事研究所

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山葵(わさび)

地下茎(根茎)を香辛料として利用 ※葉、茎、花なども食用
アブラナ目アブラナ科ワサビ属

Attribution: Chris 73 / Wikimedia Commons

1 概要
 日本原産、日本の歴史に深くから根差してきた国民的香辛料の一つ。
 山奥の渓流などに自生。江戸時代以降には栽培されているが、気候など条件が厳しく栽培できる場所は限られる。
 古くから抗菌作用が知られており、魚や肉料理に活用されてきた。
 戦国時代には需要が伸びていくとみられるが栽培方法はまだ開発されておらず、現代人知識により「チート」できる作物の一つだろう。

2 戦国前略史
・飛鳥時代~平安時代
 ワサビは日本原産種と考えられる。
 日本史上最古の記録は、最古の庭園史跡である飛鳥京跡苑池(wiki)から出土した木簡に「委佐俾三升」とあり、この頃から利用されていた可能性がある。(参考※1)薬草園のような存在と考えられており、この頃にワサビを栽培出来ていたとなるとワサビ史はひっくり返るのだが、詳細は不明である。
 養老律令の賦役令(wiki)では「山葵」が租税として扱われており、詳細は不明だがその価値は認識されているのだろう。
 延喜18年(918)に記された日本最古の本草書(薬草事典)「本草和名」(wiki)にも載り、日本最古の辞典「和名類聚抄」では「飲食部薑蒜類」(香辛料など)において「補益食也」とある。薬品に近い補用の食品として確立していたと考えられる。
 一方で栽培の記録はなく、深山の渓流に自生するものを採取して利用していたようである。
・鎌倉時代
 引き続き採取したものが食されており、贈答品としても記録に残る。
 ワサビは「寒汁(ひやしじる)」という冷たい汁の具として、山芋や蓼とともに用いられており、精進料理として法会などでも食されていた。
・室町時代
 流通が活発となる中、魚食(特に今までは海岸部でしか食べられなかった海水魚の食用)文化が発展。各地で漁業が盛んとなる中で「刺身」が誕生する。
 醤油はまだなく酢や味噌に薬味を添えて食べたが、室町時代の料理書『四条流包丁書』では魚の種類によって合う薬味が記されており、「鯛には山葵酢」と記されている。(参考※2 孫引き容赦)
 また、鳥肉や貝などの魚介類といった料理にも利用された。

3 戦国時代(+α)
 引き続き、薬味として重用されているだろう。特に魚食が次第に盛んとなり、江戸時代以上に未だ肉食が盛んであった中、現代と同様に薬味として重宝していたと考えられる。一方で栽培方法はまだ確立されておらず、深山の渓流での採取が中心であったろう。
 慶長年間(1596~1615)、駿河の安部川上流、有東木(うとうぎ)の住民がワサビの栽培を始めたとされる。近傍の「山葵山」には山を埋め尽くすほどの山葵があり、それを試しに井戸頭という地の湧水に移し育てたところうまくいった。その後、各戸で川の水を引き入れ栽培を始めたという。江戸時代初期には「わさび田」を作りワサビを生産していた。
 (参考※2及び「静岡水わさびの伝統栽培|栽培の歴史」(静岡わさび農業遺産推進協議会ホームページ))

4 戦国後略史
・江戸時代
 前述の有東木のワサビは徳川家康に献上され、家康はこれを非常に気に入ったという。結果、有東木のワサビは徳川幕府により保護されたが、代わりにその栽培法は門外不出とされた。太平の世で食文化が一気に発展するとともに、外食文化が花開いた江戸において、ワサビは現代でも関係が深い二つの食品と出会う。
蕎麦(そばきり)」と「寿司」。
 麺の「蕎麦」には江戸初期の料理本で付け合わせとして「花カツオ、おろし、アサツキの類又辛子」に加え「わさび加えても良し」と見える。
 また、魚の膾(刺身)や鶏料理にも重宝され、魚の毒を消す作用があると知られており、ワサビの抗菌作用に気づいていたとみられる。
 遅れて寿司が発展する。初期には「押し寿司」が発展するが、文政年間(1818~1830)に華屋与兵衛(wiki)が現在の寿司に近い「握り寿司」を考案したといい、その際にはワサビが添えられていた。以後、寿司にワサビは欠かせないものとなっていく。

 栽培については先述のとおり、有東木で栽培されその方法は門外不出とされていたが、永享年間(1744)に板垣勘四郎が三島代官の命を受け有東木に椎茸の栽培法を伝え、代わりにワサビの栽培法を伝授されたという。板垣の働きでワサビの栽培は中伊豆に広まる。天城には多数のわさび田が作られ、伊東から船で江戸に輸出され、人気を博した。
 その後、わさびの栽培は徐々に全国に広がりを見せていく。
 宝暦年間には調味料を売り歩いていた「田尻屋利助」が「わさび漬け」を考案したという。

・明治大正時代
 明治維新後、北海道にはホースラディッシュ(西洋わさび)が導入される。安価な西洋わさびの利用は後に増えていき、日本古来のわさびは高級品として「本わさび」とも呼ばれるようになる。
 明治時代には伊豆において「畳石式」栽培法が開発された。
 また、「わさび漬け」が静岡駅の名産土産として定着。
 大正時代、静岡県で抹茶の生産法を参考に、わさびを乾燥させ石臼で砕いた「粉わさび」が開発される。運搬や保存に優れたものの、わさびそのものが高級だったために、この時点では大きく発展しなかった。
・昭和以降
 現在でも江戸時代と同様、薬味に利用されている。
 栽培に適した土地が限られているものの、収穫性の高い作物であり、山地では特産品となっている場所も多い。
 わさびが高価であったため量産できなかった「粉わさび」は西洋わさびを混ぜることで発展。一般家庭でも粉わさびを用いてわさびを味わえるようになる。
 昭和40年代以降には台湾などからの輸入も始まった。
 現在ではビニールハウスなどを用いての栽培もおこなわれており、チューブ入り製品の開発もあってさらに一般的になっており、伝統的に利用されていた寿司(刺身)、蕎麦のみならずさまざまな料理に利用されている。

5 栽培条件
 栽培法により「沢わさび(水わさび)」「畑わさび」に大別される。
・沢わさび
 本来の生育地である山中の渓流に近い環境で「わさび田」を作り栽培する。
 一年通じて温度差が少なく(夏でも水温16℃を越えない)、酸素と栄養を十分に含んだ豊富な水などが要求される。渓流沿いに造り渓流の自然の恵みを活用する渓流型(島根等に多い)や伏流水を活用する「平地式」(長野に多い)、石畳でろ過した湧水で育てる「畳石式」などがある。明治期に伊豆で畳石式が開発されたことで、高品質のわさびが大量に生産されるようになった。
・畑わさび
 その名のとおり畑で栽培する(岩手県などで盛ん)。温度と湿度さえ管理できれば容易に育てられるものの、品質は沢わさびに劣るともされる。
 直射日光を嫌うため、植樹などにより日陰を作る。
・栽培地域
 沖縄を除く日本各地で栽培されている。
 前述のとおり、気温管理が難しい作物であり、山地での栽培が多い。
・栽培注意事項
 種から育てる実生も可能であるが手間がかかるため、株分けして育てることが多い。株分けでは優秀な品種を容易に量産できるが、株分けを繰り返すとある世代で疫病が広まるなど一斉に発育がとまる「退化減少」が起きる。
 他にも疫病にはとにかく弱い作物で、壊滅的打撃を受けた事例も少なくない。

6 食品特徴
 根茎(地下茎)を香辛料として利用するのが主。
 葉や茎も辛み成分を含有しており、食用となる。また花をつけた茎も「花わさび」として食用になる。
・栄養素
 「ツンとくる」特徴的な辛み成分はアリルイソチオアネート(wiki)。前駆体のグルコシノレート(wiki)のシニグリンとして含まれており、細胞が破壊されることにより初めてアリルイソチオアネート(=辛味)となる。揮発性があり、すりおろして時間がたつと揮発してしまう。日本人にはこの機序は経験的に知られており、江戸時代には既に「鮫皮のおろし金で食べる直前におろす」のが良しとされるなど、より良い細胞の破壊と破壊後の速やかな利用がなされていた。
 抗菌作用、防腐作用があるとされる。日本人は古くから生魚や蕎麦への付け合わせに利用しており、この作用に気づいていたのだろう。

7 文化
 食用以外でも、抗菌性などに注目され、天然由来の防腐剤・抗菌剤としても利用されている。
 わさびの「ツンと鼻にくる」臭いを利用して、聴力が弱い人が睡眠中でも覚醒できる火災報知機も開発されている。(参考:「匂いで情報を伝える研究開発|NICT(情報通信研究機構)

8 戦国活用メモ
 日本文化に深く根差している日本伝統の香辛料。
 しかしその利用価値の高さに比して、戦国時代ではまだ栽培には至っておらず、天然物の収穫に頼っていると考えられる。
 栽培条件は厳しいものの、知ってさえいれば栽培環境を広げていける作物である。戦国時代には経済の活発化により食品流通が発展、魚食が広まるなどの追い風もあり、栽培に成功すれば一気に財を成すに至る可能性もある。
 「転生時に知識をいかせるチート植物」の一つと言っていいだろう。 


参考文献
※1 「ワサビのすべて」 23頁 (木苗・小島・古郡 学会出版センター 2006)
※2 同上、25頁

外部リンク
静岡水わさびの伝統栽培|栽培の歴史」(静岡わさび農業遺産推進協議会ホームページ))
華屋与兵衛 – Wikipedia」 -「握り寿司」の考案者とされる。
匂いで情報を伝える研究開発|NICT(情報通信研究機構)

内部リンク
資料集「和名類聚抄
基礎資料「蕎麦(そばきり)」(料理・加工食品)
基礎資料「わさび漬け」(料理・加工食品)